日能研の夏期講習が始まって、気がつけばもう半月ほどが経ちました。

少し前まで、

「中学受験は夏が天王山」

「いよいよ来週から夏期講習が始まる」

と、どちらかといえば僕のほうが身構えていました。

授業についていけるだろうか。

大量の宿題を回せるだろうか。

朝から晩まで勉強する生活に耐えられるだろうか。

体調を崩さず最後まで走り切れるだろうか。

そんなことばかり考えていました。

でも実際に夏期講習が始まり、半月ほど娘の姿を見てきて、今は少し気持ちが変わっています。

娘は、僕が想像していた以上にしっかりと「受験生の夏」を過ごしています。

朝起きてから勉強し、日能研へ行き、帰ってきてからもその日にやるべきことをやる。

夜遅くまで机に向かう。

そしてまた翌朝起きて、同じように一日を始める。

本当に、毎日その繰り返しです。

小学6年生の子どもが、何時間も何時間も勉強する。

文字にしてしまえばそれだけなのですが、毎日その姿を目の前で見ていると、僕にはとても簡単なことには思えません。

むしろ今は、

「よく毎日これを続けているな」

と、心底尊敬しています。

小学6年生の夏期講習は、やはりこれまでとは違った

昨年、小学5年生だった頃にも夏期講習はありました。

もちろん当時も大変でした。

授業があり、宿題があり、テストがあり、復習がある。

それでも受験本番まではまだ1年以上あり、親である僕にもどこか余裕がありました。

分からないものがあっても、

「これからできるようになればいい」

と思えた。

でも、小学6年生の夏はやはり違います。

2027年2月の受験本番まで、もう半年ほどしかありません。

夏期講習が終われば、9月からはいよいよ志望校を強く意識した勉強や過去問演習へ入っていきます。

まとまった時間を使って、これまでの学習内容をもう一度整理できる時間は限られています。

日能研自身も、6年生の夏期講習について、志望校と向き合い、自分自身の課題を明確にしていく時期として位置づけています。

→ 日能研|6年生の夏期講習

実際にその中に入ってみると、確かに今までの季節講習とは意味が違うと感じます。

ただ勉強量が多いだけではありません。

「自分はどこへ行きたいのか。そのために、今何をしなければならないのか」

娘自身が、少しずつそこを考え始めているように見えます。

GWには、まだ僕が「作戦」を考えていた

思い返せば、今年のゴールデンウィーク頃は、まだ僕がかなり勉強の進め方に関わっていました。

算数の比重を増やす。

理科や社会との時間配分を考える。

間違えた問題を整理する。

何を復習するのかを決める。

一日のスケジュールを作る。

あの頃は、親である僕がある程度道筋を作り、その中で娘が勉強する形でした。

その時のことは、

→ 【中学受験ブログ】新6年生GWの勉強方法と作戦|帰省せず東京で弱点補強とリフレッシュを両立する

でも書きました。

当時の僕は、

「親は軍師」

とかなり強く考えていました。

子どもが実際に戦うために、親が作戦を立てる。

学習量を調整する。

弱点を把握する。

環境を整える。

それが僕の役割だと思っていました。

2月には、娘の「自覚」と「自律」について悩んだこともありました。

→ 【中学受験ブログ】新6年生の最初の壁|自覚・自律・ゲーム時間…親が整えるべき「6年生の型」

それから半年。

夏期講習を迎えた今、その「軍師」という役割も、少し変えていく時期に来ているように感じています。

娘自身に「やるべきこと」が見えてきた

最近の娘を見ていて、一番大きな変化だと感じるのはここです。

以前は、

「今日は何をやるの?」

「次はこれをやった方がいいよ」

「この問題をもう一度やろう」

と、僕から声を掛けることがかなりありました。

もちろん今でも必要に応じて話はします。

でも、夏期講習が始まってからは、少し様子が違います。

娘自身の中で、

自分がどこを目指しているのか。

そのために、今何をしなければならないのか。

それが以前より見えてきているように感じます。

自分なりのやり方もあります。

勉強する順番もある。

復習したい内容もある。

休憩を取るタイミングもある。

親から見れば、

「先にこっちをやったほうが効率がいいのでは」

と思うことも当然あります。

でも、それを全部僕のやり方に変える必要はない。

当然ながら僕の受験ではなく娘の受験です。

娘自身が考え、自分に合ったやり方で進められているのであれば、まずはその方法を尊重したいと思っています。

ここから親は「指示する人」ではなく「支える人」になる

だから、この夏の後半からは親としての実施方針を少し変えようと思っています。

これまでは、

「何をするか」

「いつするか」

「どう復習するか」

まで、僕がかなり関わっていました。

ここからは、そこまで細かく口を出さない。

娘がやりやすい方法で勉強を進める。

そして、

困ったとき。

判断に迷ったとき。

スケジュールが回らなくなったとき。

助けを求められたとき。

そういう場面で僕がサポートする。

それでいいと思うようになりました。

もちろん、完全に放っておくわけではありません。

体調を見る。

睡眠時間を見る。

食事を用意する。

塾へ送り出す。

帰ってきたら迎える。

必要な教材を用意する。

時には話を聞く。

それも立派な受験サポートです。

軍師という言葉を使うのであれば、

今までの「作戦を指示する軍師」から、「本人が戦いやすい環境を整える軍師」へ。

僕自身も変わっていく時期なのだと思います。

娘を信じている

中学受験をしていると、親は不安になります。

模試の結果が悪ければ不安になる。

周囲の子ができていると聞けば焦る。

苦手な単元が見つかれば焦る。

勉強していても、

「本当にこれで足りるのか」

と考えてしまう。

実際、模試の結果を見て親子で立て直し方を考えたこともありました。

→ 【中学受験ブログ】模試の結果が悪かった日の家庭会議|子どもを責めずに次の1週間を立て直す方法

でも今、毎日勉強する娘を見ていて思います。

これだけやっている娘に対して、

「もっとやれ」

「まだ足りない」

と親が言い続ける必要が本当にあるのだろうか、と。

少なくとも今の僕が娘に伝えたいことは、それではありません。

僕は娘を信じています。

自分で選んだ志望校。

そこへ行きたいと思って始めた受験勉強。

ここまで積み上げてきた時間。

全部を含めて、娘を信じたい。

親にできることには限界があります。

最後に問題を解くのは娘です。

試験会場へ入っていくのも娘です。

だからこそ、その日までに僕ができる一番大切なことは、

「大丈夫。君ならやれる」

と本気で信じることなのかもしれません。

毎日笑顔で「行ってきます」と言う娘を、心底尊敬している

そして最近、少し困ったことがあります。

娘を塾へ送り出すときです。

毎日何時間も勉強する。

塾へ行けば何時間も授業を受ける。

帰ってきたら、また勉強する。

当然、疲れているはずです。

「今日は行きたくない」

と言ったとしても、僕には責められません。

むしろ、それが普通ではないかと思うくらいです。

でも娘は、毎日のように笑顔で、

「行ってきます」

と言って出ていきます。

そして帰ってきたら、

「ただいま」

と家に入ってくる。

普通のやり取りです。

本当に、何でもない日常の会話です。

でも最近、その何でもない「行ってきます」と「ただいま」を聞くだけで、少し目頭が熱くなることがあります。

たぶん僕自身、分かっているのだと思います。

こんな毎日は、永遠には続かない。

来年2月になれば、中学受験は終わります。

結果がどうであったとしても、この生活には必ず終わりが来ます。

朝から勉強して。

日能研へ送り出して。

帰宅する娘を迎えて。

夜まで机に向かう姿を見る。

そんな毎日が終わります。

まだ受験本番まで時間があるのに、僕はすでに少し寂しくなっています。

夏期講習30万円より、今は娘の姿のほうが強く残っている

先日、投資の記事でも書きましたが、今年の夏期講習には約50万円前後かかりました。

(前の記事よりもかかってた、、、)

→ 【2026年6月】新NISAでS&P500に10万円積立|夏期講習30万円、中学受験と資産形成の両立は難しい

請求されたときは、

「高いな……」

と思いました。

10万円の積立投資5か月分です。

家計へのインパクトはかなり大きい。

でも、実際に夏期講習へ通う娘の姿を毎日見ていると、今は金額よりも、その時間の重さのほうを感じています。

50万円払えば成績が上がるわけではありません。

50万円払えば志望校へ合格できるわけでもありません。

結局、その環境を使って努力するのは本人です。

そして娘は今、その環境の中で本当に毎日頑張っています。

そう考えると、

僕たち親が用意したのは「機会」だけで、

その機会に意味を持たせているのは娘自身なのだと思います。

なんとしてでも、娘の志望する学校へ進学してほしい

親としては、当然思います。

娘が志望している学校に、なんとしてでも進学してほしい。

本人が行きたいと言っている学校。

その学校を目標にして、これだけ毎日頑張っている。

だったら最後には、

「合格」

という結果につながってほしい。

そこは綺麗事ではなく、心からそう思っています。

もちろん中学受験には相手があります。

どれだけ頑張ったからといって、必ず希望通りの結果になるとは限りません。

そんなことは分かっています。

でも親として、

「どんな学校でもいいじゃないか」

とは今は言えません。

これだけ頑張っている娘だからこそ、本人が一番行きたいと思っている場所へ行ってほしい。

ただそれだけです。

そのためにできることがあるなら、僕も最後までやります。

でも、本人の代わりに走ることはできない。

だからここからは、信じて支える。

それが僕の役割です。

受験が終わったら、この夏を思い出してきっと泣くと思う

2027年2月。

すべてが終わったあと。

僕はきっと、この夏のことを思い出すと思います。

朝起きて勉強していた姿。

教材を抱えて塾へ向かう後ろ姿。

玄関での、

「行ってきます」

という声。

帰ってきたときの、

「ただいま」

という声。

夜遅くまで机へ向かっていた姿。

親子であれこれ話した時間。

模試の結果に喜んだり、落ち込んだりした日。

何でもない一日一日。

受験が終わったあとに振り返れば、きっと全部が特別な時間だったと思うのでしょう。

たぶん、そのとき僕は泣くと思います。

というか、今ですら娘を送り出したり迎えたりするだけで目頭が熱くなるのだから、間違いなく泣くと思います。

合格発表だけではなく、

「終わったんだな」

と思った瞬間に、いろいろなものが一気に出てくる気がします。

中学受験最後の夏。後半は、娘を信じて見守る

夏期講習が始まって約半月。

始まる前は、心配なことばかり考えていました。

でも今は少し違います。

娘は朝から夜まで、自分がやるべきことに向き合っています。

自分自身でも目標が見えてきた。

何をしなければならないのかも、以前より理解しているように見えます。

だからここからは、僕が細かく実施方針を決める必要はないと思っています。

娘が自分に合った方法で勉強する。

僕は必要なときに手を貸す。

疲れていたら休ませる。

悩んでいたら話を聞く。

朝は送り出す。

夜は迎える。

そして信じる。

<span class=”marker”><b>僕は今、本当に娘を尊敬しています。</b></span>

毎日何時間も勉強する生活は、本当に大変だと思います。

それでも笑顔で、

「行ってきます」

「ただいま」

と言う娘を、心から応援しています。

2026年、小学6年生の夏。

中学受験最後の夏は、まだ続きます。

天王山は、まだ半ばです。

でも娘なら大丈夫。

そう信じています。

行きたい学校へ行こう。

僕にできることは、最後まで全部やる。

そしてここからは、娘自身の力を信じて、少し後ろからついていこうと思います。