ライフスタイル

父との今|脳転移治療を乗り越えた先にある静かな日常

サイバーナイフ治療、その後

2025年春。父の脳内に確認された複数の腫瘍は、最新鋭のサイバーナイフによる定位放射線治療によって、すべて取り除かれた

脳という繊細な部位に対して放射線を当てる。家族として、不安がなかったと言えば嘘になる。「脳」という言葉は、それだけで特別な重みを持つように思えた。失語、記憶障害、認知症、そうしたリスクが一瞬頭をよぎったこともある。しかし、医師は「最新技術がある」と淡々と説明した。

数日間に分け、1日2箇所ずつ、丁寧に狙い撃たれる腫瘍たち。治療は静かに、確実に進んでいった。そして、治療後に撮影されたMRIでは「腫瘍消失」という結果が出た

何ともいえない安堵が家族を包んだ。

抗がん剤治療は続く、それでも日常は流れていく

脳の腫瘍は消えた。しかし、がんとの戦いが終わったわけではない。今も父は、2か月に1回のペースでカルボプラチン+ペメトレキセドという抗がん剤治療を続けている。

かつての僕は、「抗がん剤=髪が抜け、吐き気に苦しみ、横たわる日々」といった暗いイメージを抱いていた。テレビやドラマが植え付けたそれは、今や現実とは少し違っている。

医療は進歩した。吐き気止めの点滴、ステロイドの併用、血液検査での数値管理、副作用軽減の工夫。そうしたものが整い、父は今、副作用と呼べるほどの症状もなく、穏やかに生活を続けている

もちろん、倦怠感免疫低下白血球減少といった影響は避けられない。それでも、昔のような壮絶な闘病という雰囲気はない。

僕たち家族も、父自身も、その変化に救われている。

2025年7月現在、変わらない日常の中で

7月。梅雨が明け、蝉が鳴きはじめた頃、父はこれまでと変わらない生活を送っている。

免疫力は低下しているため、人混みを避け、マスクを欠かさない日々だ。外出先は病院か、時折の散歩コースくらい。誰に会うでもなく、静かな生活を続けている。

それでも、父は笑う。

朝になれば新聞を読み、決まった時間に食事を摂り、庭に水をやる。少し前まで「この先、どれだけの日常が残っているのか」と考えていたことが、まるで嘘のようだ。

僕も時間を見つけては実家に顔を出すようにしている。顔を合わせ、食卓を囲み、他愛もない話を交わす。娘や息子が描いた絵を見せにいく。そんな小さな時間が、今は何より大切だ。

今の父は、昔の父ではない

寡黙な父は、今も多くを語らない。けれど、何かが違う。表情は穏やかで、声色はどこか柔らかくなった。昔よりも喋るようになった笑う頻度も確実に増えたように思う

もともと真面目でどこか融通が利かないところがあった父。けれど、病を得て、治療を経て、今までの融通の効かなさと穏やかさが同居している雰囲気さえある。

僕は父に「今、どんな気持ちでいる?」と尋ねたことはない。尋ねられない。どこか憚られる。

それでも、父の背中は語っている。

父はもう未来を恐れていない。病気を受け入れ、その中で何を選び、どう生きるか。それを自分で決め、歩み続けている。

その姿に、僕は学ぶことばかりだ。

家族の時間は静かに、けれど確かに進んでいく

母は今も父の食事や体調管理に余念がない。「今の私の仕事はパパのリハビリ」と言い切る母の姿に、僕は何度も胸を打たれている。

時に愚痴をこぼしつつも、母は日々の介護を誇りに変えている。その姿が、何より父を支えていると感じる。

その甲斐もあって、全く動かなかった右腕がペットボトルを掴めるまでに回復してきたのだ。父の努力はもちろんだが、それを支えている母には本当に頭が下がる思いだ。

そして最近夢を見た。父がまた自転車に乗って近所へ出かけている夢だ。

そこへたどり着くまでにはまだ時間はかかるだろうし、もしかしたらたどり着かないかもしれない。しかし、両親の二人三脚を息子の立場から見守り応援したいと思っている。

父は、母には素直に感謝を伝えない。けれど、看護師さんを介して漏れ聞いた言葉がある。

妻が早く救急車を呼んでくれたおかげで、ここまで軽く済んだ。感謝している

その一言を聞き、母は涙した。

家族というのは、きっとそうやって、お互いを思い合い、言葉にせずとも繋がっていくものなのだと、改めて思う。

これからのこと、そして僕の思い

父はこれからも、抗がん剤治療を続けていく。白血球が戻らず、次の治療のスケジュールも慎重に組まれている。

それでも、父は今日も新聞を読み、庭に水をやり、何気ない日々を積み重ねている。その姿が、僕には何より眩しい。

2026年春、息子が小学校に入学する。その姿を父に見せたい。2027年、娘が中学生になる。その制服姿を、父と一緒に見送りたい。そんなささやかな願いが、今の僕の希望だ

父と過ごす時間は、確かに次のフェーズに入っている。病気を抱えながらも、静かに、けれど確かに前に進んでいる。

これからも、父との時間を記録していこうと思う。それが、僕にできる唯一のことだから。

   

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です