小学4年生の娘との接し方を再考する
娘はパパである僕のことが大好きで、小学4年生になった今でも反抗期はまだなく、いつもお風呂も一緒に入り、寝る際も横にいてほしいとせがんできます。これは本当に嬉しいことでずっと続いてほしいと思う反面、小学4年生なんだからあまりベタベタせずに、距離感を取った方がいいのでは?という感情も湧き出てきます。
娘の僕に対する姿勢は、幼稚園の頃から何ら変わりなく真剣に僕を愛してくれています。もちろん僕も娘を愛しているし、健やかに安全に大きく成長してほしいと心から願っています。一方で「もう小学4年生だし一人でお風呂に入ってほしい」とか「自分のベッドがあるのだから一人で寝てほしい」などと思うことも少なからずあります。
本当に子どもの成長というものはあっという間で、つい最近まで手を繋いで幼稚園に一緒に登園していたかと思えば、今ではしっかりと自分で自分の道を歩き始めています。これからの数年間で、娘との関係はどのように変化するのか。それを今一度立ち止まって考えてみたいと思います。
彼女が自分の意見を持ち、自立していく過程で、僕たち親子の距離感は自然と変わっていくものと考えています。それは決して悪いことではありません。むしろ、それは彼女が成長し、自分の人生を歩み始める証で、喜ばしいことだと思っています。
父親として僕は、その彼女の人生を素晴らしいものに、娘が笑って過ごせるように最大限サポートしていきたいと思っています。
娘と接する時に重要視する考え方
僕は、今までのブログ記事でもアドラー心理学に基づく考え方を紹介してきました。
娘(もちろん息子も)と接するときは、この考え方を大事にしてお互いを尊重し日常を送るよう心がけています。
その考え方の中で「課題の分離」という考え方があり、この考えは「嫌われる勇気」において紹介されるアドラー心理学の重要な概念の一つです。これは、人間関係におけるストレスや対立を減らし、自分の人生を主体的に生きるための方法です。
「課題の分離」とは、自分の課題と他人の課題を明確に区別し、それぞれの課題に対して責任を持つことです。アドラー心理学では、他人の課題に干渉しないことが重要だとされています。例えば、自分の課題とは自分がコントロールできること、つまり自分の行動や選択、感情、考え方などで、他人の課題とは他人がコントロールするべきこと、つまり他人の行動や選択、感情、考え方などで、自分自身にはどうすることもできないとする考え方です。
こう言った課題を分離する上で、何か問題が生じたとき、その問題が自分の課題なのか、他人の課題なのかを見極めます。例えば、他人の評価や感情は他人の課題であり、自分がどう感じるかやどう行動するかは自分の課題です。自分の課題に集中し、他人の課題には干渉しないようにします。他人の課題に干渉することで、自分のストレスが増えるだけでなく、他人の自立を妨げることにもなります。
他人の課題に対して助けを求められた場合はサポートすることも大切ですが、あくまで自分の課題を優先し、他人の責任を奪わないようにします。
親子関係に例えると、子供に学習環境を整えることや励ますことが親としての課題であり、子供自身が勉強し、努力することは子どもの課題であると言えます。
これは僕自身も、肝に銘じて入るのですが、なかなか難しい。親が子供の成績に過度に干渉すると、子供の自主性が損なわれる可能性があるのです。親は自分の課題に集中し、子供に自主的に学ぶ機会を与えることが大切です。
娘の接し方に対する自己反省と自己嫌悪
こう言った考え方を自分自身に導入して、なるべく自分の感情をコントロールしようと努めてはいるものの、どうしても娘に対し感情的に叱ってしまうことがあリます。もちろん、普段の生活で小言を言うことは少ないのですが、生活スタイルやクセなどに多く小言を言ってしまい自己嫌悪に陥ることもあります。
例えば
- ・姿勢が悪い
- ・食事中に肘をついて食べる
- ・くちゃくちゃと音を立てて食べる
- ・5歳下の弟と張り合う
等々、あげ始めるとキリがなく、なるべく口うるさくならないよう気を付けていますが、どうしても強く言ってしまいます。
感情と論理は、切り離されて然るべきものではあるのですが、現時点でまだまだ未熟だなと毎日実感しています。
小学4年生、生まれた時から一緒に過ごしてきた僕としてはずいぶん大きくなったと感じ「もう4年生なんだから〜〜して欲しい」とか「5歳の弟といちいち張り合わないで欲しい」とか日々の生活の中で思うことが多々あります。しかし、まだこの世に生を受けて9年しか経っておらず、親の求めることを全てこなすことを求めるのは酷であることも理解はしてい流ものの、僕自身の理想像から引き算して娘を評価してしまっている側面もあります。
そもそも、親が子供を評価すること自体をアドラーは否定しており、「人々は上下ではなく、同じ平面の前後を歩いている」と表現しており、経験値は違うものの親と子は平等であるべきであるとされています。
自分自身の理想とする父親像や理想とする小学4年生像があるために、引き算での評価をしてしまう親として未熟である点を恥じ自己嫌悪に陥る一方で、娘をサポートできるのは僕たち親しかいないという毅然とした意識を持ち、前へ進んでいくつもりでいます。
小学4年生の娘と共に歩んでいくために
ここで先に述べた「アドラー心理学」の「課題の分離」を活用し、子どもが自分で解決すべき課題と、親がサポートすべき課題を明確に分けることが大切だと再度認識することを心がけています。アドラー心理学では、他者の課題に過度に介入することなく、自分の課題に集中することが重要だとされています。これは、親子関係においても同様です。
例えば、弟との張り合いは娘自身の課題であり、親が介入しすぎない方が自立を促すことができるかもしれません。しかし、家庭内のルールや約束事を守ることは、親がしっかりとガイドし、教えるべき課題です。このバランスを見極めることが、親としての成長にもつながると考え、日々を過ごしています。
「もう4年生なんだから〜〜して欲しい」と感じる場面では、まず娘自身の視点や感情を尊重し、その上でどうすれば良いかを一緒に考える姿勢が大切です。例えば、「あなた(娘)がこう感じているのは分かるけれど、こうすることで皆がもっと快適に過ごせると思うんだ」というように、共感を示しつつ論理的に説明することで、子どもも納得できるような形で説明することを目標としています。
また、感情と論理のバランスを取るためには、親自身の自己管理も重要です。感情が高ぶった時には一呼吸置いてから話す、感情的になりそうな時には一歩引いて冷静になることを心がけることが大切です。このようなアプローチを継続することで、親子のコミュニケーションがよりスムーズになり、子どもも自分の課題に対する主体性を持つことができるようになるでしょう。
親としての役割は、子どもが自立して社会に出ていくためのサポートをすることです。そのためには、過度に干渉せず、子どもが自分で考え行動する力を育むことが求められます。そして、親自身も常に成長し続けることが、子どもにとっての最高の模範となると信じています。
今回は、自戒の念を含め思考の整理を行うためにブログ記事にしました。子供という生き物は親とは完全に別の生き物なので、子育ても思い通りにいかないことの方が多く日々思い悩む親御さんも多いと思います。
そんな時は、子ども自身の存在に感謝し健やかに自己なく過ごしてくれていることに感謝しましょう。どうしても親の理想から引き算して考えてしまいがちですが、一度ゼロに立ち返り、子どもたちの存在自身に感謝することから始めると自分が腹を立てたり、イライラしたりする理由がとても小さく感じると思います。
子供はもちろん、配偶者もあなたの味方です。全力で家族との生活を楽しみましょう!
