2023年にステージ4の肺がんと診断された父が、2025年4月に脳梗塞を発症した。母の迅速な判断によって命は救われたものの、これまでのがん治療に加えて脳への転移の可能性も浮上し、家族として新たな不安と向き合っている。この記事では、突然の出来事の経緯と、今後に向けた家族の想いを綴ってみた。
父のがん治療が次の段階へ進んだ2025年
2023年、父は「肺腺がんステージIVB」と診断された。骨やリンパ節への転移が確認され、医師からは進行した肺がんであることが伝えられた。当初はただ茫然とするばかりだったが、BRAF遺伝子陽性という診断により、タフィンラーとメキニストという分子標的薬による治療が開始されることとなった。
治療は予想以上に効果を示し、約1年半にわたり病状の進行を抑えることができた。副作用はあったが、父は治療を続けながら、できる限り日常生活を送っていた。
しかし2025年に入り、薬の効果が次第に見られなくなり、1月からはニボルマブ+イピリムマブの免疫療法による2nd line治療へと移行した。免疫療法は効果が長く続く可能性がある反面、副作用のリスクもあり、家族としては希望と不安の入り混じる選択であった。
3月末のCT検査では、頭蓋内の病変に明らかな増悪は見られず、リンパ節の腫れも比較的落ち着いていた。大きな前進ではないが、治療の効果が出ているのかもしれないと、家族で少し安堵していた矢先のことだった。
4月4日、母の直感が命を救った
その日、両親は群馬の祖母宅へ訪問し、95歳になる祖母の世話をしていた。父が着替えをしている際、母が何気ない異変に気がついた。
立ち上がるときにふらつき、動作がぎこちない。何かがいつもと違う。その瞬間、母は躊躇わずに救急車を呼んだ。
そのタイミングで僕は母から連絡を受け、父の異変を知った。
搬送の途中、父の表情は歪み明らかに変わっていった。そして、右手の動きを失った。病院に到着後、検査の結果、脳梗塞であることが判明し、即座に祖母宅近くの病院に入院した。
突然のことだった。肺がんの治療中であることもあり、脳梗塞のリスクについては説明を受けていたが、まさかこのタイミングで発症するとは思っていなかった。
脳梗塞、そして脳転移の疑い
さらに、頭部のCT検査で新たな懸念が浮かび上がった。右側頭葉を中心に、前頭葉へ広がる病変が見つかったのである。医師からは、肺がんの脳転移である可能性があると説明を受けた。現在の段階では確定はしていないが、造影CTとMRIによる精密検査が必要とのことで、早急な準備が進められた。
また、右頬のしびれと後頭部にかけての出血斑も確認された。これには、肺がんの影響による血液凝固異常が関係している可能性があるとのことだった。
現在は、出血の拡大を防ぐために「エダラボン」※という薬剤の点滴が行われており、今後の治療方針は、脳梗塞への対応と、脳転移の有無によって大きく左右される見通しである。
※エダラボンは、酸化ストレスから神経細胞を守る抗酸化薬で、脳梗塞やALS(筋萎縮性側索硬化症)の進行抑制に使われる治療薬。
4月6日、転院と急性期リハビリの開始へ
4月6日、父はかかりつけの大学病院へと転院した。搬送先の病院での初期対応を終えたうえで、すでにがんの診療にかかっている病院での総合的なケアが必要と判断されたためである。
転院後は、すぐに急性期リハビリが開始されることになった。右手の麻痺は継続しており、日常動作への影響も大きい。今後の回復は、リハビリによってどこまで機能を取り戻せるかにかかっている。
もしMRI等の結果から脳転移が確認された場合には、放射線治療の導入も選択肢に含まれるという。現在かかっているのは呼吸器科であるが、今回の脳梗塞を発端とし、神経内科とも連携しながら、父にとって最適な治療方針が検討されている。
補足:放射線治療について
今回の脳転移の可能性を受けて、医師からは放射線治療の選択肢についても説明があった。
放射線治療とは、高エネルギーの放射線をがん細胞に照射して破壊する治療法で、肺がんや脳転移などに対しても広く使われている。痛みを伴わず、通院しながらでも受けられることが多い。
放射線治療には主に以下の2つがある:
- 全脳照射(WBRT):脳全体に放射線を当てる方法で、転移が複数ある場合に使われる。副作用としては倦怠感や記憶力の低下などがある。
- 定位放射線治療(SRT・ガンマナイフなど):転移した箇所だけをピンポイントで照射する治療。副作用が少なく、回数も1〜5回と短期間で済む場合が多い。
今回の父の場合も、今後のMRIの結果次第では、どちらかの放射線治療が検討される可能性があるとのことだった。
放射線治療の副作用について
- 頭部への照射の場合:脱毛、吐き気、疲労感、数か月後に記憶障害や注意力の低下といった「晩期副作用」が出ることもある。
- 胸部への照射(肺がん本体の場合):食道炎、咳、呼吸苦などが見られる。
とはいえ、治療の目的はがんの進行を抑えたり、神経症状(しびれや麻痺、頭痛など)を改善することにある。副作用は医師の管理下で適切に対処されるため、「何のための治療か」を家族としても理解しておくことが大切だと感じた。
今後もし放射線治療を受けることになれば、そのときの父の状態や医師の説明内容も、このブログに記録していきたい。
現在の父の様子と家族の思い
幸いにも、父の意識ははっきりしており、会話もできている。顔色も安定しており、本人も「思うように喋ることができないのがもどかしい」と言葉にするほど、気力は保たれている。
母の迅速な判断と、医療スタッフの初期対応がなければ、もっと深刻な後遺症が残っていたかもしれないと思うと、感謝の念は尽きない。
父はこれまでも、一つひとつの治療や食生活の徹底など、全てにおいて誠実に向き合ってきた。その姿勢は、家族にとって心の支えであった。今回の急変を経て、父自身の姿勢や精神が揺らいでいないかが非常に心配である。
これからどう向き合っていくか
病気とは、本人にとっても家族にとっても、避けられない現実である。そしてそれは、時に人を試すような形でやってくる。今回の出来事もまた、家族にとって大きな転機となった。
2025年は、父としっかり向き合う年にすると決めた。
これまで照れくさくて話せなかったこと、聞けなかったことを、今だからこそ言葉にして、交わしていきたい。
治療が続く中ではあるが、残された時間をより豊かにしていくために、できる限りのことをしていきたいと思っている。
今後のブログで綴っていきたいこと
- 急性期リハビリの進捗と、父の様子
- 父と交わす日々の会話と記憶に残る言葉
- 家族としての支え方、心の整理
- 自分自身の生き方に対する問い直し
- 同じ境遇にある方々へのメッセージ
おわりに
今回の出来事を通じて、健康の尊さ、家族の絆、そして何よりも「今」を大切にすることの意味を痛感している。父と過ごす時間の価値をこれまで以上に意識しながら、日々を積み重ねていこうと思っています。
またこの僕自身の記録が、同じように大切な人の病と向き合っている方がいて、この記事が少しでも寄り添う力になれば嬉しいと思っています。
