父と向き合う時間を作る2025年
2023年に父が肺腺がんステージ4と診断され、分子標的薬による治療を開始した。そして1年半が経ち、ついに免疫療法と抗がん剤を併用する2nd line治療へ移行することとなった。この話は以前のブログ記事に詳しい
この2年の間、父の病状の進行を見守りながら、自分自身もさまざまなことを考えてきた。日常の中で当たり前だった家族の時間が、決して当たり前ではないことに気づかされる瞬間が増えた。
2025年、父とこれまで以上に向き合い、これからの時間を大切に過ごしていきたい。これまでの思い出を振り返るとともに、これからやりたいことを整理し、実際に父と話していこうと思う。
寡黙な父と過ごした日々
父は寡黙で、感情をあまり表に出すタイプではなかった。計画を立てることが好きで、一度決めた予定はきっちり遂行する性格だった。そのため、予定が崩れると少しイライラすることもあったが、今になって思えば、それは家族を効率的に楽しませたいという思いの表れだったのだと思う。
幼い頃、父はよくレジャー施設や百貨店、旅行に連れて行ってくれた。妹と施設内を駆け回ったり、父と一緒に魚を捕まえたり、カメを探したりした記憶がある。しかし、休日にキャッチボールをしたり、スポーツ観戦を楽しんだりするような時間はあまりなかった。父は特に熱心に応援する野球チームがあるわけでもなく、家でスポーツを観戦することもなかった。
その影響もあってか、僕自身もスポーツに興味を持たなかった。オリンピックなどの大きな大会もほとんど見ないし、子どもたちにもあまりそうした文化を伝えられていない。今となっては少し申し訳ない気もするが、これもまた、父から受け継いだ性格なのかもしれない。
父の海外出張と僕の人生
父は大手企業で働いており、海外出張や単身赴任が多かった。長期の出張から戻るたび、スーツケースから海外特有の香りが漂い、僕と妹にお土産を手渡してくれた。その香りと、お土産を開けるワクワク感は今でも忘れられない。
僕が海外で仕事をするようになったのは、間違いなく父の影響だと思う。子どもの頃から父が海外で働く姿を見て、自然と自分もその道を目指すようになった。
高校や大学時代、父は海外にいることが多かった。受験期や就職活動の時も不在で、母はよくそのことを愚痴っていた。でも、今となって思うのは、最も歯痒く、寂しい思いをしていたのは父自身だったのではないかということだ。
2025年に実現したいこと
この記事を書いている今、僕はバングラデシュへ向かう飛行機の中にいる。家族と離れて海外で仕事をする今の自分の気持ちは、まさに「妻と子どもたちと離れるのが寂しい」だ。成長の瞬間を見届けられないことも切ない。きっと父も同じような気持ちだったのだろう。
だからこそ、まずは父に聞きたい。
• 海外赴任の時、どのような気持ちだったのか?
また、もう一つやりたいことがある。
• 父と2人で酒を飲む。
20歳になった時にやりたいと思っていたのに、照れ臭くて実現できなかったことだ。寡黙な父と飲んだら場が持つのか少し不安ではあるが、これは絶対に叶えたい。
さらに、以下のことも聞いておこうと思う。
• 父の教育方針と、子育ての結果をどう評価しているか
• 僕が生まれた時、どんな気持ちだったか
• どのように育ってほしかったのか
• 今の僕に期待すること
父がやり残したこと・僕に伝えたいこと
父はいつも「もっと勉強しておけばよかった」と言っていた。若い頃の僕には響かなかったが、今になってその意味がよくわかる。
今の父に、これだけは聞いておきたい。
• やっておけばよかったと後悔していることはあるか?
• 今の病状になって初めて感じることは何か?
父にはまだまだ長生きしてもらわなければ困る。でも、この病気を通じて、父と向き合う時間を持つことができたのは、ある意味で得難い機会だったとも思う。
生きている限り、「今が一番若い」。
この言葉を胸に、これからの時間を大切に過ごしていきたい。
今後のブログで報告したいこと
• 父との対話を通じて得た気づき
• 実際に父と酒を飲んで話したこと
• 父が語る祖父との関係
• これから父と一緒にやっていきたいこと
父と過ごす時間を、これからも大切にしていきたい。
